僕 と ファンランド の プロファイル   楽しいこと いろいろ funrunde

貴方にだけお話する                         funrunde
 私,  の
                                       誕生秘話
  
ひ・み・つっ!!

京都 西陣に生まれる                                 早起き歴         42/56 年
幼い頃から 動いているのが大好き                        
走り歴      33にて完結/56 年
       保育園, 小学校低学年は不良(早すぎ)                
自転車運転歴     50/56 年
           3年生から良い子に変身 !                    
自転車競技歴   27.5??/56 年
小学校 遠足は いっつも一番前を なぜか走ってた               
運転歴          37/56 年
     まあまあ走るの速かったけど
       選手リレーには  ギリギリ 出られへんかった
            好きな物,好きな事
     まだ スイミングスクールのない時代                       食べ物やったら   ほたて
          夏だけ 水泳教室に行かしてもろてた                飲み物やったら   ビール
            5kmの遠泳のゴール間際でおぼれて                生き物やったら   大きい犬
            一緒に泳いだ同学年の子が上ってこなかった  琵琶湖での話
     6年生の時 運命の出会い
           それは・・・・・・  サイクリングのテレビ番組        
好きな事や宝物,  旅する事
            当時 バイコロジー(バイク+エコロジー)ブーム                 
自転車と  乗る事
        日曜日には 
京都北山へ走りに行くようになる (もちろん自転車で)       体使って走ること
中学生 
泊りがけでサイクリングに行くようになる                        未知の道へのドライブ
        体操部も陸上部もなくなったし                         
いつでもどこでも行ける自動車
           早よ帰って 新聞配達してた                             
ペットいろいろ
        儲けたお金で 13万円もする自転車 買うた                      
バイク・・・・・・
        「まだ背も伸びるし 中学生にそんなエエ自転車いらん。」            
もちろん 家族
      今でもお世話になってる自転車店で  先代おじちゃんに そう言われたけど
       押し切って 買うた 「アルプス クイックエース スーパー」
                     今も 自宅に飾ってある              自分歴や, 好きな物/事, それに

高校  自転車店のサイクリングクラブの友達が 同級生になった           今 大切な環境のことも考えて,
         何とはなしに トランペット吹いてたんやけど                僕がみんなに発信したいこと

          そいつに誘われて 陸上部に入った           知ってほしい  楽しいこと すばらしいこと。
         そやけど 陸上の練習なんかほっといて           
自分も これからも 楽しく走っていたい。
      休みになると 
自転車で旅に出た(旅行とちがう 旅やで)  この楽しさ たくさんの人に 感じてほしい。
                  日本中 走った
     2年生の最後の試合で 初めて決勝に残った       
それで 楽しく走る         fun run
           それから まじめな陸上部員になった 
          そして
     複数の受験料も 高い授業料も負担やし            
楽しく走る(自転車)   fun ride
       公立の大学受けて            
         もし受かったら 4年間遊ぼと思てた・・ら・・         
2つの言葉をひっつけて
       「京都教育大 行って 陸上やれーー。」
            て, 陸上部の監督の先生に言われた              
fun runde
       共通一次の初年の混乱にまぎれて(?) 受かった
            (でもほんまは 賢かったんやで。ヘンな科目だけ特に)
大学  「走るために大学 来たんや。」                 
好きなキャンピングカーで 泊まるところ
       自転車も バイクも ギターも・・・・・          
オートキャンプ場を京都の市街地に作ろうとの
         すべて忘れて 4年間がんばろ!!!                  
野望もあったので
      毎日毎日 
疲れて歩けへんぐらい走った 月に1000km     「場所」の意味で「ランド」も
         「お前らやってる練習は 世界一や〜」と 言われながら。        
引っ掛けて。
      クロカン走らしたら 2時間10分台のやつにも 負けへん。
                   (もう トレイルランに向いてた)  
かくして, funrunde 始まる
      宮崎の春合宿から 京都まで走って帰る計画をしたり。
                          (ジャーニーランにも)      
      この名前で
      おかげで 誰と走っても 負ける気 せえへんようになった            
僕の好きを
      
全日本大学駅伝 3回もエース区間出走                         ひろめよう。
         4年間で全駅伝に出走したんは 僕だけや
            みんな知らんけど     これ 僕の 最高の勲章
      でも  走るのは きらいになった   走りすぎて

社会人  <マラソン時代>     教育大やから 小学校の教員になる
                                (ほんまは 家業継ぐ店に 就職決まってたんやけど)
                         忙しいて忙しいて   息抜きのために  5月には
                              きらいになったはずのランニング   また  始めた
                              早朝  出勤途中にランニング
                                       新聞配達始めて以来続く 早起きで
                     旅行がてら 大好きな愛車に車中泊で  (スバル360て知ってるか?)
                         土曜の午後から   
近県のランニング大会に出るようになった
                         もちろん 
全部 優勝  大会出たら 賞品をもろて帰るもんと 思てた
                              トロフィーが どんどん たまる
                       
フルマラソンでも優勝。でも 賞品の海外遠征抹消される。何が悪いっちゅうねん。

       <
トライアスロン時代> 大学生のとき ランナーズ誌で
                             「高石ともやさん等 第一回皆生で優勝」  の 記事を見た
                             「出たら優勝間違いなし」 と 思た  「卒業したら 出てみよ」
                                   水泳を習い 
                                   サイクリングにのめりこみ ロードレーサーも持ってて
                                   ランニングは ばっちり
                             「僕のためにできた競技や。」 と。

                         しかし 出場の方法が分からず
                               第一回宮古島大会のテレビ放送を 悔し涙で見てた
                            「ぼくが出てたら ここに映ってるのに・・・・」 中山君の独走を見ながら。
                         トライアスロンの情報を得るためもあって
                                京都トライアスロンクラブ つくった
                         当時 日本には3つしか大会 なかった
                                「来年, 全部 優勝や!!」  しかし すべて入賞にとどまる
                         翌年 
宮古島3位  その次 優勝。 晴れやかな舞台に。
                         各地の大会が出来 招待された。        エッヘンブリブリ
                         バブルの時代 まわりの友達がプロ化していく中 僕だけが公務員
                                 成績は当然 下降。・・・・・悔しい。

                         体力勝負の 4WDを使う1000マイルラリー 「
キャメルトロフィー
                         
6000人の応募の 4日間の選考会で 1番になってしもた
                            アフリカ本戦 世界大会   公務員で休みとれへんで 抹消された
                            「これより悔しいこと この先の人生にもないやろなあ。」
                         三十路も半ば。体力的にも最後。ここまで粘ったけど ついに公務員, 退職。
                            半年間 ひたすらトレーニングの日々。
                            上位入賞確実と思った宮古島の1ヶ月前 怪我。  すべては 終わる。
                         しばらくは 趣味のランニング。    でも 思うようには走れず。

      <アンチ競技 いろいろ>    結婚してから 子供が小さいころまでの間 
                                      競技関係なし や 競技も引っかけて いろいろやった
             アイアンマン   10月のハワイは 仕事の関係で 出場不可能
                        かわりに 仕事の休みやすい 『オーストラリア』 と
                                          『カナダ』 の   アイアンマンへ
                                  どちらも 一応 入賞ねらいやったけど 惨敗
                                  まあ プロやないから 落ち込みもせんけど
                                  ゴールのパフォーマンスが 『オーストラリア』では 話題に
             世界選手権    51.5kmのショートトライアスロンが
                              オリンピック競技参入に向けて
                              取りざたされるようになってきて
                              当然のように 世界一を決める 大会が開かれる。
            
ウルトラマン   3日間で 『アイアンマン』の倍の距離をいく
           
キャンパーで アメリカン  これらの競技日程と開催場所を組み合わせ
                             バスほどあるキャンピングカーを運転して 幾度か 北米を走った
                             間もなく 日本にも 『キャンピングカー』が 広まる
                     地球儀で見ても その足跡がわかる 『ウルトラマン』
                          競技としてだけでなく   人生の転機を求めての参加者 多数
                          目からうろこが ポロポロぽろぽろ
                             悩んだとき は ご参加あれ   世の中 観方が 変わります

      <
アドベンチャーの時代>   数年後 走らない日が増えてきたころ
                               キャメルで知り合ったトライアスリートから電話。
                             「アドベンチャーレースてのが 日本でも始まるんや。
                                                チーム組んで出えへんか?」
                          その情報 知ってた。
                             以前 かんぺーちゃんらのチームのこと テレビでも観た。
                       初秋の信州。
日本初上陸のフランス企業の大会
                             最終種目のカヌー,  わがチームの頭上をヘリが舞う。
                          
優勝 !!!   モロッコの世界大会に。(今度こそ海外遠征行ったでぇ〜。)
           アドベンチャーの練習とレジャー用を兼ねて, カヌーを買った
              福島県まで引き取りに。(今思えば, 原発のすぐ近くや)
              子どものサイズアップに合わせて大きいサイズのカヌーに替える
              今度は函館まで引き取りに !! 初乗りは 大沼
              子どもとの釣りに使ったり,   琵琶湖や旅行先で気が向いたら漕いだり,
              大きい愛車のルーフには,  大きい船体が常置するようになった。
                                上げ下ろしがほんま命がけで, 倉庫代わりに積んだまま。
            北の大河 「天塩川」
  『
ダウン ザ テッシ オペ』(川下り)に出場。
           翌日からは,
北海道縦断遠足 『トランス 蝦夷」に。
                ところが台風直撃でスタート地点の襟裳に着けず。  しかたなく川べりで車中泊。
                翌早朝,  国道の大きな橋,  昨夜あったのに  流されてなくなっていた。
                通行止めの道路をうろうろと,  数百kmも遠回りして 初日ゴール地点に 夕方着。
              人生観までかわる,  世にも過酷でステキな,  『トランス蝦夷』 が 始まった。
                     百聞は一見にしかず、   人生変えたい方は こちらも ご参加あれ !!

   44歳, まだまだ 現役。 近頃は 息子と
親子チームでアドベンチャー
                     トライアスロン 復帰しよかな,
                     「さすけ」で 40のおっさんの強さ, 全国に見せたろか・・・・・
               夢も まだまだ いっぱい。


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