ファンランドプロファイル
 
  
        たのしいこと いろいろ funrunde


    貴方にだけお話する

      ま

      ひ・み・つっ!!


    『めばえ』

誕生     京都 西陣に生まれる
幼い頃    から 動いているのが大好き
保育園, 小学校低学年
        は不良(早すぎ
)

3年生    から良い子に変身 !
小学校   遠足は いっつも一番前を
              なぜか走ってた

        まあま走るの速かったけど
     
   選手リレーには 
        ギリギリ出られへんかった

        まだ スイミングスクールの
                   ない時代
夏だけ    水泳教室に行かしてもろてた
        5kmの遠泳のゴール間際で
                   おぼれて
    
   一緒に泳いだ同学年の子が
             上ってこなかった

                琵琶湖での話
6年生    運命の出会い
        それは・・・・・・  
         サイクリングのテレビ番組
        
当時 バイコロジー ブーム
            (バイク+エコロジー)

日曜日  京都北山へ走りに行くようになる
           
(もちろん自転車で)
中学生   泊りがけでサイクリングに
                 行くようになる

        体操部も陸上部も
        日本中からなくなった時代
       
やりたいクラブないので
             さっさと帰って
              新聞配達してた

        儲けたお金で
         13万円もする自転車
                    買うた
        
「まだ背え伸びるし
           中学生に
         そんなエエ自転車いらん」

      今でもお世話になってる
                 自転車店で
        
先代おじちゃんに
             そう言われたけど

              押し切って 買うた
        
「アルプス
         クイックエース スーパー」

        
うちにながらく飾られてたが
          
  2018年 40年を経て
                ふっか〜っつ


   ここで ちょっと話をかえて

   『まfunrunde 関係 概要』 編

         [経年表]

   
早起き歴    45/59 年
     走り歴    33にて強制完結
               /59 年

ただ今 第二次ますます盛ん期
 自転車運転歴    53/59 年

 
自転車競技歴    27.5??/59 年
また半プロ 運転歴   41/59 年

    [好きな物,好きな事]
食べ物やったら   ほたて
飲み物やったら   ビール
生き物やったら   大きい犬

     
[好きな事や宝物]
     
旅する事
  
自転車と  乗る事
   
体使って走ること
  
未知の道へのドライブ
いつでもどこでも行ける自動車
    
ペットいろいろ
      
バイク・・・・・・
    
もちろん 家族

自分歴や, 好きな物/事, それに
 今 大切な環境のことも考えて,
  僕がみんなに発信したいこと
           知ってほしい
    楽しいこと すばらしいこと。

 これからも 楽しく走っていたい。

この楽しさ
   たくさんの人に 感じてほしい。

        それで
       fun run
 楽しく走る

  そして fun ride 楽しく自転車
    2つの言葉をひっつけて
     fun runde
   好きなキャンピングカーで
      泊まるところ

オートキャンプ場を
  京都の市街地に作ろうとの

          野望もあったので
「場所」の意味で
      「ランド」も
引っ掛けて。
     かくして,
      
funrunde
           始まる
     この名前で

       僕の好き
ひろめよっ


ひきつづき 『ま』 の ひみつ

    
『はんぶん青い』 編

高校   中学生のときの
      自転車店の
      サイクリングクラブの
      友達が
     高校では 同級生に
     
どこかのクラブに
       絶対入らなあかんので
      何とはなしに
      ブラスバンドに入り
      トランペット
      吹いてたんやけど
     サイクリングクラブからの
      友達に誘われて
      陸上部に入った
     そやけど 休みになると
      
陸上の練習ほっといて
     
自転車で旅に出た
      
旅行とちがう 旅 やで
     
日本中 走った
2年生最後の試合
      初めて決勝に残った

   
  それから
      まじめな陸上部員に
   
  複数の受験料も
      高い授業料も負担やし
     公立の大学受けて
      もし受かったら

    
4年間遊ぼと思てた・・ら・・
     
「京都教育大 行って
           陸上やれーー。」

      
て,
      陸上部の先生に言われた

   
   共通一次初年の
      混乱にまぎれて(?)
              うかった

     
(ほんまは
        賢かったんやで。
         ヘンな科目だけ特に)

大学   「走るために大学来たんや」

      
自転車もバイクもギターも
      すべて忘れて
           4年間がんばろ!!!

   
   毎日毎日
       疲れて歩けへんぐらい走った
                月に1000km

     
「お前らやってる練習は
              世界一や〜」と
          先輩にあたる名監督
      
クロカン走らしたら
       2時間10分台のやつにも
                 負けへん。

     
(もう トレイルラン向いてた)
     
宮崎の合宿から京都まで
        走って帰る計画したり。
       
(ジャーニーランにも
                むいてたっ!)

     
おかげで
        誰と走っても
        負ける気 せえへん
      全日本大学駅伝
        全3回エース区間
出走
     
4年間で全駅伝出走は
                僕だけや

     
みんな気づいてへんけど
     
これ 最高の勲章
    
 でも  走るのは
             きらいになった
               走りすぎて



   
『クウォーター 青い』 編

社会人    <マラソンの時代>

      
教育大やから
         小学校の教員になる

      
(家業継ぐ店に
       就職決まってたんやけど
             ドタキャン、、、
               すんません)

      
忙しいて 忙しいて
     
 息抜きのために  5月には
      
きらいになったはずのラン
               また始めた

     
早朝  出勤途中にランニング
     
新聞配達始めて以来続く
                 早起きで

     
旅行がてら
       大好きな愛車に車中泊で
       (スバル360て知ってるか?)

     
土曜の午後から
      近県のランニング大会参加

       
もちろん 全部 優勝
    
大会出たら賞品もらうもんと
                   思てた

     
トロフィー どんどんたまる
     
フルマラソンでも優勝
       でも 賞品の海外遠征抹消

       
何が悪いっちゅうねん。

      
<トライアスロン時代>

大学の書店
   創刊間もないランナーズ誌で

  
「高石ともやさん等
           第一回皆生で優勝」
            の 記事 見つけた

  
「オレ 出たら 優勝間違いなし」
                   と思た
   卒業して 陸上から足洗ったら
                 出てみよ

  
水泳を習い
  
サイクリングやってて
        ロードレーサー持ってる

  
ランニングは ばっちり
   
「僕のためにできた競技やん」
  
しかし 出場の方法が分からず
  
第一回宮古島大会のテレビを
         家で 悔し涙で見てた

  
「ぼくが出てたら
       ここに映ってるのに・・・・」

   
中山君の独走を見ながら。
   
トライアスロンの
      情報を得るためもあって

     
京都トライアスロンクラブ
                  つくった

   
日本に大会は3つだけしか
                 なかった

   
「来年, 全部 優勝や!!」
   
しかし すべて入賞にとどまる
   
だがその翌年 宮古島3位
        その
次 優勝
          晴れやかな舞台に。
   
各地に大会ができ招待された。

                   エッヘンブリブリ

   
バブルの時代
    まわりの友達が
      好条件でプロ化していく中

         
僕だけが公務員
   
成績は当然 下降。
             ・・・・・悔しい。


体力も勝負の
    4WDを使う1000マイルラリー

       
キャメルトロフィー
   
6000人応募の
           
4日間の選考会で
          
1番になってしもた

   
アフリカ本戦 世界大会
     
公務員で休みとれへんで
               抹消された

   
「これより悔しいこと
        この先の人生にも
           ないやろなあ。」

三十路も半ば。体力的にも最後。
      ここまで粘ったけど

     
ついに公務員, 退職。
半年間ひたすらトレーニングの日々
   
上位入賞確実と思った
    宮古島の1ヶ月前 怪我。
       すべては 終わる。

        
<チャンプルーの時代>

しばらくは 趣味のランニング。
    
でも 思うようには走れず。
結婚してから
     子供が小さいころまでの間

  
競技関係なし や 
      競技も引っかけて
          あちこちに出没

    アイアンマン 
10月のハワイは
  仕事の関係で出場不可能

 
かわりに
仕事の休みやすい
   『オーストラリア』と

  
『カナダ』 の
       アイアンマンへ

  
どちらも
   一応 入賞ねらいやけど
                惨敗

  
まあ プロやないから
      落ち込みもせんけど

  
逆立ち歩きとエールの
     ゴールパフォマンスが
   『オーストラリア』では
    話題でにわか有名人に

      世界選手権
51.5kmのショートトライアスロン

オリンピック競技参入に向けて
取りざたされるようになってきて
    
当然のように
世界一決める大会が開かれる

    ウルトラマン
3日間で
 『アイアンマン』の倍の距離

   キャンパーで アメリカン

これらの競技日程と
    開催場所を組み合わせ

バスほどあるキャンピングカー
             運転して

幾度か 北米を走った
     
間もなく 日本にも
『キャンピングカー』が広まる

地球儀でも その足跡わかる
    『
ウルトラマン
競技だけでなく
人生の転機を求めて参加
               多数

目からうろこが
ポロポロぽろぽろ

悩んだとき は ご参加あれ
世の中 観方が 変わります

     
<アドベンチャー前夜>

マウンテン デュアスロン

 
マウンテンバイク + ラン とか
 
マウンテンバイク +
    オリエンテーリング とか

 
川流れ + 一部未舗装バイク
          + ラン  とか

競技志向強まるトライアスロン
             から逃れ
       +αある会に 参加

テレビでおなじみの
  メダリストとか 冒険家とか
  他競技の
    エキスパートたちと共に
              招待され
           交流もたのし

『蒜山」の大会2連覇
   アメリカ往復航空券もらい

 
有森裕子さんと同じ屋根の下
        ボウルダ―で合宿


   
<アドベンチャーの時代>

数年後 走らない日が増えてきたころ

  
キャメルで知り合った
      トライアスリートから電話。

   「アドベンチャーレース てのが
           日本でも始まる。

    
チーム組んで出えへんか?」
  
以前
   寛平ちゃんらのチームのこと
          テレビでも観てた。

初秋の信州

日本初上陸のフランス企業の大会
  
最終種目のカヌー,
   わがチーム頭上をヘリが舞う

             
優勝 !!!
  モロッコの世界大会
     (今度こそ
       海外遠征行ったでぇ〜)

アドベンチャーの練習と
     レジャー用を兼ねて
          カヌーを買った

  
初代は 福島県まで引き取りに
   (今思えば, 原発のすぐ近くや)

  
子どもに合わせ
     大きいサイズのカヌーに
                 替える

  
今度は函館まで引き取りに !!
       初こぎは  そばの大沼

  
子どもとの釣りに使ったり,
    
琵琶湖や
     旅行先で気が向いたら
              漕いだり,

  
大きい愛車のルーフには,
  
大きい船体が常置するように
  
上げ下ろしがほんま命がけで,
      倉庫代わりに積んだまま

    北の大河 「天塩川」
 
ダウン ザ テッシ オペ』
            (川下り
) 参加

翌日からは,

北海道縦断遠足(ステージラン)
         『トランス 蝦夷」
に。

ところが台風直撃で
 スタート地点の襟裳に着けず。
   しかたなく川べりで車中泊。
 
翌早朝,
   昨夜あった国道の大きな橋,
             なくなってた

  
通行止めの道路をうろうろと,
         
数百kmも遠回り
 
初日ゴール地点に
            やっと夕方着。

人生観までかわる,
    世にも過酷でステキな,

       『トランス蝦夷』

         
が 始まった。
百聞は一見にしかず
    人生考えたい方は
        こちらも ご参加あれ!


44歳,   まだまだ 現役

 
 近頃は 息子と
  親子チームでアドベンチャー

  
トライアスロン 復帰しよかな,
  
「さすけ」で
     40のおっさんの強さ,
      全国に見せたろか・・・・・

  
夢も まだまだ いっぱい
      ,,,,,,,,だったけど、、、、、、


    
画像いっぱい
       続, プロファイル へ
                  つづく